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木漏れ日Diary

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2006年10月
今、紅葉の絵を描いている。
紅葉で自然界が真っ赤に染まるのは綺麗だが、それを描くとなると難しい。
でも、一生懸命描いて次回の個展に出そうと思っていたところ、ふと、考えたのだが次回の個展は、1月で紅葉の絵なんて季節外れではないか…と。
今は旬の題材だが、1月ともなれば、旬は桜とか新緑とかもっぱら春が題材である。
…この作品は一体いつだそうか。随分先になりそうである。
投稿者 友恵 19日 03:16 | 作品制作
今日は風が強い。
だが、とても良い天気なので制作は、はかどっている。
何処からか縦笛を練習しているのが聞こえる。
懐かしい音だ。
今は1月の個展に向けての作品や、注文やなんやかんやで相変わらず忙しい。そんな中、ちょっとした楽しみが深夜に放映している“24 シーズン4"だ。私は今までにシーズン1の最初の3時間しか観た事がなかったが、シーズンごとに大体独立した内容になっているので十分楽しめている。
主人公のジャック=バウアーがことさら忙しく24時間を駆け巡っていて、「いつ、トイレに行っているのだろう…」と思ってしまうほど、兎に角大変なのだ。以前24がでてきて騒がれている時、友人に「24って知っている?凄く面白いんだよ!24を観ると絶対寝不足になるよ!」と興奮冷めやらぬ感じで熱心に勧めてきたのに対し、「ほんとかなぁ、私はそんな事はまず無いよ。ほんとにそれ面白いの?世間が面白いって言っているとますます観たくなくなるんだよね。」と憎まれ口をたたいて大いに友人を失望させていたが、観始めたら矢張り止まらなかった…。TVでシーズン4が終わったら、ほかのシーズンをビデオ屋で借りに行きたいと今更思っている私である。でも、痛々しい場面とかが結構あったり、登場人物の死亡率が高いのでそこら辺がもうちょっとソフトにやってほしいなぁと思う。ジャックが突入していくのに、銃撃で人がバンバン撃たれて死んでいく度に、ジャック側から見ているから「敵がいなくなって良かった」と思ってしまうのが怖い。ジャックにとってみれば敵かもしれないが、敵から見ればジャック達が敵であり、撃たれていく一人一人に人生があり、家族があるだろうになぁと思う。でも決して24が悪いと言っている訳ではなく、ただ、戦争というものを考えると人間とは主観的生き物だと思う。24はそういった問題を浮き彫りにし、投げかけているのかもしれない。
投稿者 友恵 7日 15:22
気が付くと何時の間にか季節はもう秋である。
色々とばたばたすべき事をやっていたらもうこんなに時間が経ってしまっていた。
9月、と言えば子規忌(糸瓜忌)の月である(今日は10月だけれど)
今年は忙しくて、子規忌のシーズンに子規庵へ赴く事はできなかったが、時間が出来次第、伺おうと思っている。次回の大河ドラマでは 司馬遼太郎作“坂の上の雲”が放映されるらしいので来年は愛媛松山と子規忌以外はゆっくり、ひっそりと佇んでいる子規庵も人々が沢山訪れる事だろう。
現在の子規庵自体存亡の危機にあり、沢山のお客さんに来て頂く事はとても有り難い事なのである。
子規庵は、子規の偉業が生まれ、そして子規の哀しくも短かった人生、青春を過した尊い大切な場所なので、敬意を持って、そして子規庵のゆっくりとした時間のながれを感じていただければなと思う。
そして今日は子規忌にちなんで私の好きな或いは影響を受けた句のいくつかをを紹介しようと思う。


卯の花をめがけてきたか時鳥(ホトトギス)
卯の花の散るまで鳴くか子規(ホトトギス)

まずこの2句だが、これは正岡子規が結核という不治の病に侵されているのを知った時の句である。
卯の花を自分になぞらえ(子規は卯年の生れ)肺病を時鳥(当時「啼いて血を吐く時鳥」と形容された時鳥は結核の代名詞だった)で表し、健全であった自分に突然病魔が襲いかかってきた逃れ様のない無念と、そして卯の花(子規の命)が散り無くなるその最後の瞬間まで、野望は尽きず燃え続け俳人、歌人、写生文家として自分の作品を生み出し続ける事を‘鳴くか’と詠んだのだと思う。
この句は、未だ「写生」を基盤とする以前の時期で俳句としては秀逸なものではないのかもしれないけれど子規の病にあっても俳句に対する揺るぎ無い情熱と、仕事に対してどこまでも誠実である子規の姿に私は画家として在り続ける為の気概を学んだのだ。

もうひとつは

いくたびも雪の深さを尋ねけり

これは、明治29年「写生」を唱導し、その中で創作したものの一つで冬のある夜、仰臥していた子規がふと耳を澄ますと雪の降り積もる音が聞こえ、しかし外の雪景色を見ることが出来ないので妹の律に何度も何度も、雪の深さを尋ねているといった病床での淋しい心情が滲み出ている、病中にありながらも少しの自然の変化を見逃さずに「写生」する不屈の精神がそこには在ると思う。
この句で私は、「写生」に基いて創作する事の重要性、それが自分の絵画に必要なのだと思った。
投稿者 友恵 1日 17:02
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Profile
tomoe
所在地 埼玉県
近藤友恵(洋画家)

1980年 埼玉県生まれ

2000年 武蔵野美術短期大学美術科 卒業
      飯田橋ラムラにて3人展
      新宿・銀座にてグループ展

2001年 宇都宮にて絵画展出品
      埼玉県川口そごうにて個展
      大森ベルポート美術展2001に出品

2002年 名古屋にて絵画展 出品
      朝日チューリップ大賞展入賞
      雪嶺舎フィレンツェ賞展入選

2003年 川越ビエンナーレ展 入賞
      池袋・新宿・岐阜にて個展

2004年 池袋・船橋・札幌にて個展
インターネットカフェ アルファ原宿店 壁画デザイン担当

埼玉県在住 無所属
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